未曾有の被害をもたらした東日本大震災ですが、犠牲者・被災者の方々の事を思う度、これまでの想定の想像力の無さが悔やまれます。
被災の広大さを考えて改めて思うのは人間の想定がいかに小さく、また都合による判断であった事が、今更ながら思い知らせれます。東日本大震災は日本社会の概念の見直しが必要な程、甚大な災害でした。
また、阪神淡路大震災では非常に大きな問題となった液状化現象でしたが、これが時間経過と共に忘れられ、その恐ろしさが街づくりに活かされていなかった事も、関西圏に住む者としては大きなショックでした。
私達が手にしている社会は様々な技術によって支えられて、豊かな暮らしが成り立っている事、そこに莫大な費用と時間が重ねられていた事も、失って始めて気づかされたのではないかと思います。
何よりも不慮に有為な人命が奪われ、生活のメドをたたれた市民が膨大な数にのぼっている事は、残念でなりません。
二度と惨禍が起きませんように、また、より安全で豊かな社会のお手伝いができますように、当社のセンシオンの技術・技能も概念の見直しを行い、何らかのお役に立てるようにしていきたいと思います。
2011年7月22日金曜日
放射能
東北大震災にともなう、福島県の原子力発電所の事故は、日本国内のみならず、世界的な教訓ともなる参事である事は、ご存知の通りです。
原子力発電所から漏れた放射能は、もはや人間の手に負えず、不幸な事にいくら手を尽くし、頭をひねっても社会と自然を侵す事を止められません。放射能という目に見えないものは、人間の知識の拡がりと共にその存在を知り、社会の発展と共に、今度は個人個人に恩恵をもたらしてくれているものです。
それは何も、放射能だけではありません。社会の隅々に、目に見えない便利なものがあります。危険ではありながら利用している技術はたくさんあります。
しかし、重要なのは、社会を支えるそれらの技術について、常に理解をしている事だと思います。
地震をはじめとした災害もそうで、それを止める事ができない以上、「ある」という事を理解しておく事が重要ではないかと思います。
技術が発展すればする程、やはり見えて来るのが人間自身の能力のような気がします。
技術が新たな視点を提示し、社会の様々なお役に立つ会社でありたいと、最近、より強く感じるようになりました。
原子力発電所から漏れた放射能は、もはや人間の手に負えず、不幸な事にいくら手を尽くし、頭をひねっても社会と自然を侵す事を止められません。放射能という目に見えないものは、人間の知識の拡がりと共にその存在を知り、社会の発展と共に、今度は個人個人に恩恵をもたらしてくれているものです。
それは何も、放射能だけではありません。社会の隅々に、目に見えない便利なものがあります。危険ではありながら利用している技術はたくさんあります。
しかし、重要なのは、社会を支えるそれらの技術について、常に理解をしている事だと思います。
地震をはじめとした災害もそうで、それを止める事ができない以上、「ある」という事を理解しておく事が重要ではないかと思います。
技術が発展すればする程、やはり見えて来るのが人間自身の能力のような気がします。
技術が新たな視点を提示し、社会の様々なお役に立つ会社でありたいと、最近、より強く感じるようになりました。
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