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2011年2月28日月曜日

66年前の戦争の傷跡

2011年2月11日、大阪市中央区森ノ宮で、地下5メートルの位置から米軍の投下した1トン爆弾が発見され、その処理が行われました。

 森ノ宮は、大阪城の近くですが、城内に師団司令部と軍需工場があった事から、そこをねらって激しく爆撃されました。視点を広くすると50回以上に渡って大阪の市街地に爆撃が行われています。これ程の回数ですから、不発弾も少なからずあり、今も時々建設工事作業の途中などで発見されています。

 今回は、森ノ宮で文化財の発掘調査中に発見されたもののようで、2010年12月に発見されたものの、諸準備を行って、翌年2月の撤去作業となったそうです。この周辺の発掘調査は、日本史にも重要な地域なのですが、第2次世界大戦の経緯から、非常に注意を要する場所でもあります。たぶん、そういった事を考慮に入れて、近年では性能の向上したレーダー探査機を使って、事前に地中レーダー調査を念入りに行っていると思います。

 それにしても、不発弾は、あの阪神・淡路大震災を経て、よく大人しくしていてくれたものです。何事もなくて、よかったです。大分市では、ラーメン店の下にあった不発弾が何らかの拍子に突然爆発した不幸な事例があります。

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